文化とアートのある暮らし

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第19回
「記憶の足跡」

記憶の話…

以前に、ステージ上で緊張して頭が真っ白になっても身体が自然に演奏してくれる、といった内容でコラムにも書いていた気がするのですが、そんな身体の記憶について思いを巡らせています。
何チャンネルとはあえて書きませんが、あるテレビ局の昼ドラマでの話で、子宝に恵まれたばかりの幸せな夫婦が、ある時夫婦が務める小学校の行事で赤ん坊を連れて山へのキャンプに参加したところ突然の大雨に見舞われました。大雨の被害により近くのダムが決壊し、山にいた多くの人が水難事故に巻き込まれる大惨事で、大切な夫と赤ん坊も流されてしまいます。消防隊による数日間の必死の捜索が入るもみつからず、女性(妻)は夫と子を失い失望の中にいたところをなんとか再スタートをしようと必死に生きていくのですが、周囲はこの父子が亡くなったと信じてやまなかったところを衝撃的な事実が展開していきます。事故の10年後に、女性(妻)は亡くなったはずの夫にそっくりな人物に出会うのですが、しかしながらその人物は水難事故により記憶を失っていて事故前とは全く異なる世界に生きていました。女性はその人物に出会ったときからなんとなく自分の夫ではないかと気づくのですが、会っているうちに勘ではなく本当に夫だと確信する出来事に何度か遭遇するのです。その男性は実際に、10年前に亡くなったとされた夫本人だったのです。

かなり省略してあらすじを記しましたが、自分の夫であると判断したきっかけは、その男性が美術家を目指していて、スランプに陥りながらも家族の姿をデッサンしていたので、見慣れている夫のデッサンに女性は絵の特徴をとらえていたのでした。事故の10年後、夫を失った悲しみが癒えないながら過ごしていた時に、男性が描いたデッサンを偶然にみてしまうのですが、偶然にみたそのデッサンのタッチが夫のものに似ていることに気づきます。その後、出会うか出会わないかのニアミスを何度か繰り返しながらついに二人は対面します。夫のはずがない、と頭に少しはよぎりながらも顔が似ていただけではなく、男性が描いたデッサンの特徴が示すものが大きく、男性が夫であることを確信するきっかけになっています。
また、男性(夫)も同様に、妻が幼少のときから幼馴染と歌っていた童謡の替え歌を結婚生活でも日常的に歌っていたのを身体で憶えていたため、過去の記憶を失いながらも10年後に出会った知人(だと男性は思っていた)がくちずさむ替え歌に「聞いたことある…この感覚なんだっけ?」と何度もデジャブを起こすのです。

デッサンのタッチ、そして替え歌と歌声… ドラマの中ではこういった感性や身体の記憶がその人自身を表す身分証明書のようにダイレクトに展開されたのでした。



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