第6回
スミレのつぶやき
2012.03.13 [西原 升麻]
「歌は世につれ、世は歌につれ…」とはよくいわれる言葉ですが、花にもはやり廃りがあります。
春の花でいえば、昔のはやりは桜、梅、山吹、またスミレやカタクリなど。最近はというと、桜は相変わらずニュースやワイドショーで春の定番として必ず取り上げられますが、桜は別格として、福寿草、菜の花、また園芸店でよく見られる花などが注目されるようです。
しかし、スミレが話題に上ることはあまりありません。どこにでもあるスミレより、外国産の見栄えするものの方が好まれるからでしょうか。確かに最近では、同じスミレの仲間でも、園芸種のパンジーやビオラの方が断然人気のようです。
- 野山のスミレ
- 園芸店のパンジー
そんな少し影の薄くなりつつあるスミレと、深山に自生する金鳳花(きんぽうげ)科の花「レンゲショウマ(以下ショウマ)」の会話を少し聞いてみることにしましょう。
@スミレ:そう、最近は大柄で派手な花や珍しい花の方が好かれているわよね。山で頑張って咲いても、ゆっくりと見てくれる人は少なくて、ほとんどの人はどんどん通り過ぎて行っちゃう。淋しいな。
@ショウマ:確かに、少し山に入ればスミレはあちこちに咲いているから、じっくり見る人は少ないかもね。珍しいスミレがあれば別かもしれないけど。
普通のスミレです
山に行く人でも、ふもと付近に多く咲くスミレをじっくり見る人は少なく、多くの人はちらっと見て通り過ぎてしまいます。ありふれていると思うのか、よほどのことがないと足を止めないようです。
あらゆる日本の花に驚き、アジサイを愛したあのシーボルトでさえ、母国でも見られるスミレには関心が薄かったのか、「日本植物誌」にもスミレは載っていません。
@スミレ:昔はわりと人気があったんだけどなあ。戦後出始めた洋物とは違って、かなり前から知られていて、いろいろなところに取り上げられてもいたのよ。
@ショウマ:かなり前って、明治とか江戸時代ってこと?
@スミレ:ううん、もっと前。なんといっても、あの清少納言の「枕草子」や「万葉集」にも取り上げられていたんだから!
@ショウマ:へえ~!万葉の時代からとは…!
確かにスミレは、古くから人々に知られていたようです。万葉集にはスミレを含む短歌が三首あるそうで、その中の一首が次の一首です。
「山吹の咲きたる野辺のつぼすみれこの春の雨に盛りなりけり」
枕草子では、「草の花は」の段で取りあげられています。
「草の花は、なでしこ。から(唐)のはさらなり、やまと(大和)のもいとめでたし。をみなへし。ききゃう。あさがほ。かるかや。きく。つぼすみれ。(草の花はなでしこが良い。唐なでしこはなお良いが、大和のなでしこも大変すばらしい。オミナエシ、キキョウ、朝顔、カルカヤ、菊、ツボスミレも)…」
昔の「つぼすみれ」はこのタチツボスミレのことを指します
スミレは、こんな歌人たちにも歌われています。
「あとたえて淺茅しげれる庭の面に誰分け入りてすみれつみけむ」(西行法師)
「春雨のふるののみちのつぼすみれ摘みてをゆかむ袖はぬるとも」(藤原定家)
「山路(やまじ)きて何やらゆかしすみれ草」(松尾芭蕉)
「あるじなき垣ねまもりて故郷の庭に咲きたる花菫かな」(樋口一葉)
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