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第34回
ミズアオイは出世した?

ミズアオイは今まで出会った中でも最も美しいと感じた花の一つです。山では花が多くの草に囲まれて、美しさも半分隠れてしまうこともあるのですが、この花が咲いていたのは特別な場所で特に引き立って見えました。 その場所とは本来ヨシやオギの大型植物で覆われている湿地を掘削して掘り返した所で、水面から立ち上がって咲き、周りに高い草も少なく青紫の澄んだ色をどこからでも眺められる場所でした。

花が美しいミズアオイはミズアオイ科、日本の仲間は他にコナギだけです花が美しいミズアオイはミズアオイ科、日本の仲間は他にコナギだけです

昔はミズアオイに好条件な場所も多かったようですが、環境変化等で数が激減して今や絶滅危惧種です。同じ仲間に少し小型のコナギや外来種のホテイアオイがありますが、コナギは田んぼの雑草、ホテイアオイは時によって大切にされたり悪者扱いだったりします。

美しいけど宇宙人みたいなホテイアオイの花

独特なホテイアオイの浮き袋


ホテイの名は葉の下の浮き袋を布袋様のおなかに見立てたからと言います。南アメリカ原産で花が美しく日本では観賞用や金魚の水草、飼料などにも使われますが、繁殖力が凄すぎて海外では世界の侵略的外来種ワースト100に指定されています。そんな存在ですが、今の日本ではミズアオイより知られてると言えます。

コナギの花は小さめですコナギの花は小さめです


しかし、いにしえの人々にとっては違っていた様です。コナギは食用や染色に用いられ、ミズアオイも昔はナギ=水葱と呼ばれ、万葉歌にも歌われました。

   「醤酢に 蒜樢き合とて鯛願ふ
我にな見えぞ水葱の羹」   

この歌は、水葱の熱物より酢味噌和えの蒜(ノビル)と鯛を食べたいと言う意味らしく、当時は熱い汁物に用いられ、食用としてですが今より身近なものだったようです。

つやがあり、みずみずしいミズアオイの葉

フタバアオイの葉と賀茂神社の神紋


ところで、昔はナギ、コナギと仲良く同じ様な名前だったのに、どうしてナギだけミズアオイと改名したのでしょう?実はミズアオイは水葵と書き、その葵は平安時代には賀茂神社の神紋であるフタバアオイの事を指しました。賀茂祭(今の葵祭)に参加する人々はフタバアオイの葉を桂の枝に絡ませて、髪に挿したと言います。その葉に似ているのでミズアオイ(水葵)になったとされるのです。


フタバアオイの写真から作った三つ葉葵の紋フタバアオイの写真から作った三つ葉葵の紋

いつ頃からなのかはっきりしませんが、江戸前期の資料には「水あふひ」の名前が見られます。徳川将軍家の家紋がフタバアオイを基にした三つ葉葵になったことも影響しているのでしょうか?


タチアオイの花と苗の下側にある丸い葉タチアオイの花と苗の下側にある丸い葉

葵はより古くは全く別種のフユアオイまたはタチアオイを指したとされます。ただ葵の漢字ではなく「あおい」の日本語が指していたのはどちらだったのかはよく分かりません。いずれにしても葉は似ていると感じていたのだとは思いますが、実際のところフユアオイ、タチアオイの葉はフタバアオイにあまり似ていません。
そう思っていたのですが、最近農産物直売所でタチアオイの苗があったのでよく見ると、下の方の葉は丸くフタバアオイに似ていました。こう言うことだったのか? それとも昔のタチアオイは葉がもっと丸かったのか? 謎ですね。

葵の葉はよくハート型といわれますが、葉の基には柄と呼ぶ花の枝があり、ハートよりもスペードの形に見えます。スペードは元は剣で貴族階級を表し、ドイツでは剣でなく木の葉だったと言います。日本と西洋で特権階級のシンボルに同じ様な葉の形が用いられたのは興味深いと思いますが、ミズアオイにしてみれば、将軍家家紋名の葵を貰うより食用ではあっても仲間が多く、水葱としてよく知られていた昔の方が良かったのでしょうか?

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