第23回
シャングリラ・レポート
2012.07.17 [島 敏光]
ジェームス・ヒルトン……。
この名前をご存じですか?
アメリカのホテル王でもマカロニ・ウェスタンのスターでもない。
「チップス先生さようなら」を書いたイギリスの小説家の名前だ。
その他の作品は「失われた地平線」があり、
そこにシャングリラという言葉が登場する。
飛行機事故で、チベットの奥深い高原に不時着した領事とその一行が
地元の人間に救助される。
気がつけば、そこは文明から隔絶された緑の大地。
男が「ここはどこか?」と尋ねると、
一人の老人が「シャングリラ」と答える。
チベット語で「楽園」という意味だ。
この言葉はいつしか世界中に広まっていく。
では、そのシャングリラはどこにあるのか?
チベットあるいはその周辺にあることは確実だが、
具体的には特定されていなかった。
ところが、中国の雲南省にある中甸(ちゅうでん)という町が
小説の中のシャングリラに最も近いとされ、
2002年は中国政府がその町を
「香格里拉(シャングリラ)」と改名してしまった。
やることが大胆だが、これで雲南省の一部は、
名実ともにシャングリラとなった。
その名前にひかれ、飛行機に乗った。
果たしてそこは本当に楽園、桃源郷、天国なのか?
山々に囲まれた初夏の草原。
キンポウゲ、アズマギク、ナツトウダイ等々……。
あまり日本では見たことのない高山植物が一面に咲き乱れている。
牛、鳥、ヤクがのどかに歩いている。
日本人の僕から見れば、とてつもなく壮大な
いやしの空間であることは間違いない。
手つかずの風景の中に浮かび上がる動植物……。
当然、動物のフンがころがっている。
美しい花の上をのたくっているヒルの姿も見た。
楽園には不似合いだが、これこそが大自然の姿だ。
美しいだけのシャングリラなど、
心の中にしかないということだろう。
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