第10回
3月11日 八芳園で過ごした一晩
2011.08.23 [藤井 寛子]
「こちらは宿泊施設ではございませんが、できる限りのことをさせていただきます。」と、寝る場所を提供してもらった。大きな畳の宴会場だ。男性と女性は、屏風で仕切られている。だが、絨毯のロビーまで人で溢れている。毛布の代わりにと、テーブルクロスが配られた。小刻みに続く余震のために目が覚める。スタッフは一睡もせずに避難してきた人たちを見守っている。寒そうにしている人がいたらもう一枚と、テーブルクロスをかけて回る姿。自分は大丈夫だからと、隣のお年寄りや幼い子供にと合図をする男性の姿。妊婦の方や車いすの方を気遣う若い男性や女性。今の時代に問われている「気遣い」や「心配り」が、少なくともこの八芳園の避難所では見ることができた。
「挨拶」とは、「心を開いて相手に向かう」という意味。相手に心を開くことができれば、誰でも気持ち良くなるはず。また、「礼儀」も同じ。一人一人の「心の環境」はその気になれば変わるはず。この日、私は多くの「温かい心の環境」の姿をこの震災を通して確認できたように思う。
夜が明け、小盆におにぎりとお汁、お漬物をのせて「わずかですが召し上がってください」と朝食まで用意してくれた。そこで私の目に留まったのが、外国人のご婦人と日本人のご主人。きちんと正座をして、毛布代わりに使ったテーブルクロスを丁寧に畳み、正座をしたまま、手を合わせて朝ごはんをいただく。終わるとまた、手を合わせ、スタッフの方に「ごちそうさまでした。ありがとう。」と言って小盆を手渡した。
「たたむ」とは一段落を意味する。ここで一晩過ごした人たちがこの夫婦と同じように「たたみ」、区切りをつけ自分たちの家路や職場へと向かう。そして手を合わせて、「ありがとう」とお礼を言い、スタッフと避難してきた人々がまた深ぶかと頭を下げる…。その姿は、従来日本人が持っていた「思いやりの心」と「人間関係を良くする礼儀」そのものだった。
日本人の秩序を乱さない国民性が、海外メディアによって賞賛された。私も一夜にして様々な出会いと場面を目の当たりにし、まさしく「一期一会」、一生に一度だという思いが込められた、誠心誠意お互いを思いやる姿を見ることができた。
そして、私もテーブルクロスを「たたみ」、東京を後にした。
一晩お世話になった八芳園のスタッフの皆様には、心よりお礼申し上げます。
最後になりましたが、東日本大震災からまもなく半年になろうとしています。お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りし、ご遺族の皆様へ深くお悔やみを申し上げますとともに、被災され、現在も不自由な生活を送られている皆様に心よりお見舞い申し上げます。また、一日も早い復旧復興をお祈りし、今も尚、我が身を省みず不眠不休で働いてくださっている方々に尊敬と感謝を申し上げます。
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