第1回
海外で日本語を教える人、学ぶ人 ~ベトナム編・前編~
2013.04.23 [村上 充]
タクシーを走らせて1時間もすると、市街地の騒がしさとは別世界、牛が水浴びするのどかな風景へと変わりました。この自然に囲まれた、言いかえれば、誘惑がなく、学問に集中するしかない場所に建てられた学校で、日本への留学を目指す若者たちは寮生活を送っているのです。毎日、日本語のレッスンの他、物理、化学、数学などの教科学習も日本語で行われていて、7時間の授業時間の他に、自習時間も3時間あるそうです。日本の学習塾も顔負けの、スパルタぶりですよね。
日本人女性のT先生に案内され、教室に足を踏み入れると、おそろいの青い制服を着た学生たちが一斉に立ちあがり、「こんにちは! ようこそいらっしゃいました!」と声を合わせて、元気よく挨拶してくれました。高校を卒業したばかりの子が中心ですが、みんな、背が低く、童顔で、制服の下は、ジーンズに裸足。男の子も、女の子もすれた様子がまるでありません。窓が開放された教室は、気持ちのよい風が吹き抜けていき、窓の外から聴こえる鳥のさえずりと日本語の文章をコーラスする声が響いています。
「じゃあ、次の文。読みたい人、いますか?」T先生が尋ねると、一斉に手が上がります。当てられたものの、発音が悪かったり、漢字が読めなかったりして、叱られても、めげずに、みんな積極的に発言しようとしています。誰かが、答えられずに言葉につまった時は、周りが小さな声で助け舟を出しています。黒板に白いチョーク、目をキラキラと輝かせながら、授業を受ける学生たち。小学生の頃の国語の授業を思い出しながら、ベトナムに夢中になる日本人の気持ちが分かったような気がしました。
「日本の大学に留学して、薬の作り方を学びたいです。ベトナムでは、薬が高くて、貧しい人はなかなか買えません。日本で勉強して、帰国したら、安い薬を作ります」
これは、授業の後、数人の学生たちに留学の目的について質問した時に、ある男子学生が語ってくれた言葉です。他の学生たちも、環境や経済や建設など、みんな自分たちの国の発展について、自分に何ができるのかを考えていました。ケネディ大統領の「国が自分に何をしてくるのかではなく、自分が国のために何ができるのかを考えろ」といった演説を思い出しました。「ALWAYS 三丁目の夕日」じゃありませんが、高度成長時代には、日本にもこんな学生たちが多くいたんでしょうか。
学校名のドンズーとは、漢字では「東遊」と書き、約百年前に、犬養 毅や大隈重信たちと交流のあったベトナムの民族主義者、ファン・ボイ・チャウが、ベトナムの若者たちを日本に積極的に留学させた「ドンズー(東遊)運動」から名付けられています。2011年の調べでは、ベトナム人留学生の数は5,767人。大志を抱いて来日するベトナムからの留学生たちの期待に答えられる国でありたいものです。そして、私たちも、彼らから多くのことを学べるのではないでしょうか。
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