大河ドラマ「八重の桜」の世界をめぐる

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第2回
パーフェクトな兄「覚馬」と才能ある科学者「尚之助」

江戸では、最新の学問を学ぶ塾や剣術を学ぶ塾が大にぎわいでした。
最初、覚馬は佐久間象山という軍学者の塾に入ります。
軍学者というのは、今でいうと軍事評論家や軍事アナリストのことです。
佐久間像山は、塾を開き、外国から日本を守るための方法を教えていました。
ドラマでは、奥田瑛二さんがその佐久間象山を演じています。
象山は変人として知られた人物でしたが、そんな一風変わった性格を奥田さんはうまく演じています。

ドラマでは、佐久間象山の塾で尚之助と知り合ったことになっていますが、実際は蘭学者の大木忠益という人物の塾で知り合いました。
この塾は、当時最新の学問だったオランダの学問を学ぶ場でした。
覚馬は蘭学全般を学びましたが、尚之助は化学を学んでいました。
八重の未来の夫は、科学者を目指す理系男子だったのです。
覚馬は、尚之助の科学者としての才能に注目します。
他藩の藩士ではありましたが、何とか会津藩で採用してもらおうと考えます。
ライバル会社の優秀な社員を、ヘッドハンティングしようとしたわけです。

江戸遊学を終え会津に戻った覚馬は、藩校日新館に勤めます。
日新館とは、優秀な藩士を育成するため、会津藩が設立した学校でした。
薩摩・長州藩に負けない藩にするため、藩士たちに西洋の最新知識を教えることが仕事でした。
覚馬は日新館で、尚之助の才能を生かそうと考えます。

こうして、覚馬の招きを受けて、尚之助は会津にやって来ます。
覚馬は、尚之助を採用してもらおうと藩に掛け合います。
ところが、その希望はなかなか認められませんでした。
そこで、覚馬は尚之助を自宅に居候(いそうろう)させることにしました。
尚之助が採用されるまで、自分が生活の面倒をみようと考えたわけです。
ここに、八重と同じ屋根の下での暮らしがはじまります。
尚之助は二十代になったばかり。八重が十代前半のころです。
二人は、どんな生活を送っていたのでしょう。

同じ屋根の下で、八重と尚之助がどんな生活を送ったかは、実は何も分かっていません。
そこで、八重が尚之助のことをどう思っていたか、私なりに想像してみたいと思います。

身近に覚馬というパーフェクトな男性がいたため、八重は同年代の男性にはまったく興味が持てなかったようです。
ただ、その兄が信頼していた男性ですから、尚之助をほかの男性とは違った存在として意識していたことは間違いありません。
しかも、最新の科学知識を持つ理系男子ですから、好奇心旺盛だった八重にとっては気になる存在だったことでしょう。

だからと言って、八重が尚之助を男性として意識していたわけではなかったと思います。別世界から現れ、自分にはないものを備える男性として、興味はあったかもしれませんが、覚馬が近くにいる限り、どうしても比較してしまいますから。
尚之助にしても、居候(いそうろう)の身分ですから、八重を女性として意識することは控えていたでしょうね。
八重、覚馬、尚之助は、恐らく微妙な三角関係にあったのです。

しかし、そんな微妙な三角関係が終わるときがやってきます。
尚之助が山本家の居候となってから五年後の文久二(一八六二)年、覚馬は藩の命により京都に向かうことになります。
それまで山本家は、八重のほか、父・母・兄・弟そして居候の尚之助との生活でしたが、ここで兄がいなくなるのです。

覚馬は不在中、尚之助が藩校日新館で自分の代わりを勤めることを期待しました。藩士たちに西洋の最新知識を教える仕事を託したのです。
八重が尚之助を覚馬の代わりとして、そして男性として意識しはじめたのは、覚馬が会津を去った日からはじまったと思われます。

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