第2回
手作業でモノを作る意味
2012.01.24 [星野 正紀]
機械製造は、ハンドメードと違って形状における制約があるため、個性的なフォルムを持たせるには限界がある。だから、製造機械が同じであればでき上がる製品もまた似通う。それこそが、活気の無い社会を作っている気がする。
街を見渡すと、凹凸がなくとても平坦に感じる。
それぞれの店舗も、完成度の高い品を陳列させているが、どの商品も似たり寄ったりで、メーカー名を探さなければどこのブランドかわからないほど個性が埋もれてしまっている。
とくに、自動車業界はそんな没個性的な印象が強い。どこのメーカーも大差なければ、いっそ1つの会社に統合し、さらに中小企業に細かく分散させてしまえばいいのではないか。手作業の時代へ後戻りさせるのである。
すると、街には個性あふれる商品が並び、同種の物でも形やデザインがバリエーション豊かになるはずである。それぞれが限定商品かそれに近い形になるので、自然に商品価値が高くなり、消費者の購買意欲も再びわいてくるはずだ。
二度と手に入れられないモノならなお、そのモノを大事にするだろう。
壊れれば直すという繰り返しが、本当の「エコ」である。大量生産によって商品がダブつくのは、エコに反する。また、近年リサイクル運動が盛んだが、リサイクルに多大な燃料などを要しては、本末転倒である。資源を大切にすることは、エコの基本だからだ。
一つ一つのモノを大切に作り上げ、それを大切に使う。無駄な資源は使わない。
そんな原始的で基本的な人間の暮らしを、もう一度やり直す必要があると、私は考える。
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